スピードスケート ローラン・デュブレイユ選手のwiki風プロフィールとスケート戦績まとめ|両親も五輪選手!日本との意外な繋がりも!

北京五輪でメダルが期待されている『スピードスケート男子500』。新濱立也(しんはまたつや)選手、村上右磨(むらかみゆうま)選手、森重航(もりしげわたる)選手はいずれも実力のある期待の選手。

北京五輪に向けて確実に仕上げてきています。では彼らのライバルは一体誰なのか?

注目しておきたいのは日本勢と同種目でワールドカップランクの首位に立っているカナダのLaurent Dubreuilローラン・デュブレイユ)選手

写真左が村上選手、中央が新濱選手、右がローラン・デュブレイユ選手。

初出場の平昌五輪では18位、その後着実に実力をあげて2020年、2021年の世界距離別選手権、世界スプリント選手権、四大陸選手権でメダルを取り続けています。

デュブレイユ選手は両親がスピードスケートのオリンピック選手、弟も妹もスピードスケート選手のアスリート一家。

この記事ではローラン・デュブレイユ選手のwiki風プロフィールとして、生年月日、年齢、身長、体重、出身地などの基本的な情報から、スケート成績や愛する家族にいたるまで、デュブレイユ選手の気になる素顔に迫ってみます。

ローラン・デュブレイユ選手の人生で大事な局面には『日本』が関係している意外な一面も。親近感がわきますよ。ご紹介します。

ローラン・デュブレイユ選手の両親はともにオリンピック選手|家の庭にスケートリンク

ローラン・デュブレイユ選手の父はロバート・デュブレイユ選手、母はアリアン・ロイニョン選手、そして弟はダニエル・デュブレイユ選手、妹はアナベル・デュブレイユ選手です。

全員がスピードスケート選手という素晴らしい一家。当然ながら幼い頃からスケートの英才教育を受けています。

ローラン選手の父:Robert Dubreuil(ロバート・デュブレイユ)選手

画像出典:TEAM CANADA公式サイト

父であるロバート・デュブレイユ選手はショートトラックとスピードスケートの両方で活躍した選手です。

1984年 Peterborough(ピーターバラ)で開催の世界選手権 5000mリレーで金メダル。1986年 Chamonix(チャモニックス)開催の世界選手権 5000mリレーで銀、オールラウンドで銅。1989年 Solihull(ソリフル)開催の世界選手権 5000mリレーで銀メダル。

1988年Calgary(カルガリー)冬季五輪にカナダ代表で出場した際は5000mリレーで銅メダル、スピードスケート500m男子で4位。

1992年 Albertville(アルベールビル)で開催の冬季五輪ではスピードスケート500m男子14位。

様々な国際大会で素晴らしい成績を残しています。

ローラン選手の母:Ariane Loignon(アリアン・ロイニョン)選手

画像出典:TEAM CANADA公式サイト

母であるアリアン・ロイニョン選手もスピードスケート選手として活躍。

1986年Chamonix(チャモニックス)で開催の世界選手権 3000mリレーで金メダル、1988年Calgary(カルガリー)冬季五輪にカナダ代表として500m、1000m、1500m、3000m、5000mに出場。

ローラン選手の弟:Daniel Dubreuil(ダニエル・デュブレイユ)選手

2歳違いの弟 ダニエル・デュブレイユ選手もスピードスケート選手。2012年、2013年、2014年と連続して世界ジュニア選手権カナダ代表として出場。その後もスピードスケート選手として活躍していました。(一番最後の大会記録は2019年)

ローラン選手の妹:Anna-Belle Dubreuil(アナベル・デュブレイユ)選手

ローラン選手とは4歳違いのアナベル選手もスピードスケート選手です。2015/2016年の活躍は素晴らしく、2500$もの学業成績奨学金を授与されるほどでした。(一番最後の大会記録は2016年)

幼い頃からスケートに触れていたローラン・デュブレイユ選手の幼少期、才能開花のジュニア時代

4歳のときからスケートを始めたローラン・デュブレイユ選手。父も母もスピードスケートのオリンピック選手として活躍した経歴をもつ素晴らしいアスリート一家に産まれます。

裏庭に父がスケートリンクをつくり、ローラン選手にスケートの仕方を教えました。彼がスピードスケート選手を選んだ理由は『両親がオリンピック選手だった』ことと『スピードスケートが大好きだったから』だそうです。

ローラン・デュブレイユ選手は子供の頃にスケート以外にもいろいろなスポーツを試しましたが、氷の上にいることが最も幸せだったと語っています。

2010年にカナダのナショナル チームに加わったローラン選手。 その後2012年にジュニア世界選手権に初出場すると一気に才能が世界に知れ渡ります。初出場で4位、翌年2011年には銀メダル等、次々と結果を残していくローラン選手。

特に素晴らしかったのは2012年。世界ジュニア選手権でスピードスケート500mのジュニア世界記録を破り金メダルをとります。

彼にとって一番最初の輝かしい功績ともなるこの記録を出した大会は日本の帯広で開催されたものでした。

(少し余談にはなりますが、実はこの大会の『4種目 総合』で初優勝を果たしたのが北京冬季五輪2022で日本選手団の主将を務める高木美帆選手。ローラン選手も高木選手もジュニア時代から輝かしい記録を出していたのですね。)

ローラン・デュブレイユ選手のwiki風プロフィール|基本情報から輝かしいスケートの成績まで

氏名Laurent Dubreuil(ローラン・デュブレイユ)
性別
生年月日1992年7月25日
身長182cm
体重80kg
出身地カナダ ケベック州
出身大学フランソワ・ザビエル・ガルノー大学
趣味娘と遊ぶこと、ビデオゲーム、ゴルフ

世界ジュニア選手権などを経験し、オリンピックを強く意識し始めるローラン選手。

しかし2014年ソチ冬季五輪の予選では わずか0.05秒で出場を逃してしまいます。この大きな失望がバネとなり、ローラン選手はこれまでのトレーニング方法などを見直し見事に飛躍、2018年平昌冬季五輪に出場を果たします。

2018年平昌冬季五輪では『スピードスケート男子 500mで18位』『スピードスケート男子 1000mで25位』。

それ以外の成績は表でわかりやすくまとめてみました。表に記載されている数字は大会での順位です。

シーズンワールドカップ
500m
ワールドカップ
1000m
ワールドカップ
Team Sprint
ワールドカップ
Overall
2011/20122545
2012/20132337
2013/201427
2014/20152/2/2/3/3/313
2015/20163/347 28
2016/20179151/2/241
2017/20181/141/146
2018/201911153/3
2019/20202/2/3/32/2/33/3
2020/20212/2/2/33/4
2021/20221/1/2/2/3/3/3/3
数字はローラン・デュブレイユ選手の順位
シーズン世界距離別選手権
500m
世界距離別選手権
1000m
世界距離別選手権
2 x 500m
世界スプリント選手権
Overall
2011/201211
2012/2013913
2013/20149
2014/201538
2015/201616
2016/2017986
2017/201812
2018/2019141312
2019/202063
2020/20212
2021/202213
数字はローラン・デュブレイユ選手の順位

2021年ローラン・デュブレイユ選手はスピードスケート500m男子で『33.778秒』という素晴らしい記録を出します。これはロシアのPavel Kulizhnikov(パヴェル・クリズニコフ)選手が持っている『33.61秒』に次ぐ史上2番めの速さ

同じ種目に出場していた日本の村上右磨選手は『33.898秒』で銅メダルでした。0.1秒を争うスピードスケート、この『一瞬』に選手たちは命がけで挑んでいるのですね。

ローラン・デュブレイユ選手はイケメンで愛妻家|愛娘が誕生後、戦績が好転!

やさしい笑顔が素敵なイケメンのローラン・デュブレイユ選手。結婚し、現在は愛娘が1人いて幸せいっぱいの家庭をつくっています。

ローラン・デュブレイユ選手は日本でプロポーズ!

2018年に奥様となるAndreanne Bastille(アンドレアン・バスティーユ)さんにプロポーズしたローラン・デュブレイユ選手。

なんと日本に奥様と旅行に来ていた際にプロポーズしたようです。そんな重大な記念日となる場所で日本を選んでくれるなんて嬉しいですよね。

自身のSNSでも奥様との仲睦まじい投稿が微笑ましいローラン・デュブレイユ選手。特に愛娘のローズちゃんが産まれてからは精神面で好転します。

ローラン・デュブレイユ選手は『父』となってから絶好調!

愛娘のローズちゃん、とても可愛いですよね。クリっとした目と可愛い鼻がローラン・デュブレイユ選手に似ています。

“I started getting good when I became a dad. 〜中略〜 But now even if I have a bad race, I don’t care too much, because that’s not what’s most important to me anymore.”

出典:isu.org, 2021年12月3日

『以前はスピードスケートが全てだったため、結果が良ければ気分も良く、悪い時にはひどかった』というローラン・デュブレイユ選手。しかし今ではレースの結果が最悪でも気にしすぎることはなくなったようです。

『ローラン・デュブレイユ選手にとってレース結果だけが唯一の大切なものではなくなった』ことで、精神的にもプレッシャーから解放されたと発言しています。

父になってからの彼の成績は好調。上記の表からも分かる通り、2019年のローズちゃん誕生以降ほぼ全てのレースで表彰台に登っています。

初めての新記録達成や、プロポーズの場所など、大切な節目を日本で迎えているローラン・デュブレイユ選手。今後の活躍が楽しみですね。

本日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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