【誰?】世界初の民間人宇宙飛行士は当時TBS局員の秋山豊寛さん。『宇宙出張だった』|宇宙飛行士 毛利衛さんよりも先だった!

日本の民間人として初めてISS(=国際宇宙ステーション)に滞在を果たした実業家の前澤友作さんのニュースが飛び込んできました。

しかし、実はそれよりも先に宇宙へ行った日本の民間人がいるのです。

『秋山豊寛』さんという当時TBSで記者・ディレクターとして働いていた方です。

しかも秋山さんが宇宙へ行ったのは宇宙飛行士 毛利衛さんより2年も先。(毛利さんは1992年、秋山さんは1990年)

そんな秋山さんについて今日はまとめました。

秋山豊寛さんてどんな人?|TBS局員ジャーナリスト

TBSに入社後、宇宙出張に行くまでの時系列

1966年:国際基督教大学 (ICU) 教養学部社会科学科卒業し、TBSへ入社
1967年:イギリスのBBC(英国放送協会)へ出向
1970年:TBSの外信部に配属
1976年:ベトナム戦争終結後のハノイを非共産圏ジャーナリストとして初めて取材
1977年:政治部の外務省担当記者、海外取材ディレクターや『JNN報道特集』のディレクターを担当
1984年:TBSのワシントン支局長、その後、外信部デスクを歴任
1989年9月:TBSの『宇宙プロジェクト』にて宇宙飛行士候補に選抜
1989年10月〜1990年11月:モスクワ郊外の星の街の宇宙飛行士訓練センターで訓練
1990年12月1日:国家審査委員会から宇宙飛行士として承認される
1990年12月2日:宇宙船ソユーズTM-11に搭乗し宇宙出張へ。

入社翌年からイギリスBBCに出向し、その後海外取材やワシントン支局長なども歴任してこられた秋山豊寛さん。

若い頃から勢力的に活動されていたようです。

秋山豊寛さんが宇宙へ行ったのはTBSの番組プロジェクト

秋山さんが宇宙に行ったのは「TBS宇宙プロジェクト『日本人初!宇宙へ』」という番組企画。

1989年にTBSがソビエト連邦の宇宙総局と協定を調印し実現しました。

TBSが宇宙総局に支払った費用は約20億円。総費用は約50億に上ると過去のインタビューで触れています。

今回の前澤さんの宇宙飛行費用はマネージャーと2人分で約100億円と言われていますので、1人あたり50億円というのが宇宙飛行相場なのでしょうね。

TBS創立40周年記念事業とはいえ、あまりに桁違いの企画。

『バブル』時代だった当時、数十億円という企画を計画し実行できる資金力が国としてではなく民間の1テレビ局にあったことに改めて驚きます。

スポンサーには大手民間企業|スポンサーのためのCM撮影もこなす『宇宙出張』

宇宙で秋山さんが行っていたのは『地上へのレポート、実験に使うカエルの世話、スポンサー企業のCM撮影、番組のスタジオゲストとの交信、バックアップ用の動画撮影 等々』まさにテレビ局サラリーマンらしい業務の日々。

秋山さんが宇宙へ行ったプロジェクトでスポンサーをしていたのは『大塚製薬』『ソニー』『ユニ・チャーム』 『ミノルタ』『朝日ソーラー』『同和火災海上』『第一興商』『アメリカン・エキスプレス』『サンスター』。

どれも名だたる有名企業。

画像出典:2017/12/17 ウェザーニュース

秋山さんの服にスポンサーの企業名が書かれていますね。

『やっぱりこれを撮るべきだとかあれを撮るべきだとか、さっきのはもうちょっと早く回し始めれば良かったとか』そんなことばっかり考えていたという宇宙出張。

後ろにスポンサーがいる以上、失敗できない、収益を出す等のプレッシャーもあったかと思われます。

しかも秋山さんはこの多忙スケジュールに加えて宇宙酔いにまで苛まれていたそうなので相当大変な出張だったのでしょうね。

宇宙からレポートする秋山豊寛さん|最初の一声は『これ本番ですか?』

この第一声はテレビ局員らしいと当時話題になりました。

その時の様子がこちら。

やはりあくまで『出張』ですから、報道マンとして正しく伝える魂は宇宙にいっても健在だったんですね。

地球を離れてもなお 地球の仕事に真摯に取り組む秋山さんは素晴らしいです。

秋山豊寛さんいわく『宇宙は混沌としていない』

秋山さんが第一声として用意していたのは、『宇宙から見た地球は混沌(こんとん)としています』という言葉だったそうですが、『ソユーズの窓から見える地球も宇宙も、少しも混沌としたものではなく、すっきりしていました』とのこと。

『混沌』とは?

すべてが入りまじって区別がつかないさま。『天地万物が形成される以前の原初の状態』も表す。

出典:コトバンク『混沌』

宇宙から見た東京は『苔が生えたよう』

秋山さんが滞在していた宇宙ステーション『ミール』は時速約2万8000km。約90分で地球を1周し、24時間の間に16回の夜と昼を迎えます。

『真っ白な雲に朝日があたると雲は真っ赤に染まり、薄い大気の層は宇宙の闇に溶け込みます。青のグラデーションが実に美しい。夜になると都会の灯ははっきり輝き、森は真っ黒のままです。地球が生きているように見えました』

出典:2017/12/17 ウェザーニュース

そんな中、日本の都会は上空がグレーに汚れていて、東京は輪郭がはっきりせずに苔が生えているような感じに見えていたそうです。

秋山豊寛さんのその後、現在|何してる?

地球帰還後は、TBS報道総局次長、国際ニュースセンター長などを歴任。

1995年にTBSを退社。

1996年福島県滝根町(現・田村市)にて「あぶくま農業者大学校」を主宰。

2011年京都造形芸術大学の芸術学部教授に就任。

2017年三重県に移住し、現在農業を営んでいる。

250平方メートルある自身の畑で、えんどう、キャベツ、ブロッコリーなど20種類の有機無農薬の野菜づくりされています。

海外で日々事件を追い 報道し、宇宙に飛び立ち、そして現在は農業を楽しむ秋山さん。人生は色々なことに挑戦できるんだということを体現していらっしゃいますよね。

まとめ

日本の民間人では初の宇宙旅行、と報道されている前澤社長ですが、『民間人』という枠で考えると当時ジャーナリストをしていた『秋山豊寛』さんが日本初、そして実は世界初の民間宇宙飛行士です。

1つのテレビ局がソ連と協定を結んでしまうのだから、バブル時代のテレビ局の勢いの凄さを感じます。

サラリーマンだった秋山さんは『宇宙出張だった』と仰っていますが、壮大な出張ですよね。本職の宇宙飛行士ではなく、前澤さんのようなプライベートでもない、あくまでサラリーマンとしての仕事の一環で宇宙に行ってしまったのですから。

『出張』と本人が言っているだけあって、宇宙飛行中は分刻みの仕事スケジュールにおわれていたそうですよ。

『はかないほどの美しさ』と秋山さんが感じた地球。前澤社長は地球をどのように感じるのでしょう。

秋山さんは後に宇宙体験について『何が本当に大切なことなのかに改めて気づかせてくれた』とインタビューで答えています。

実際に早々にTBSを退社し、これまでの秋山さんの経歴とは全く別の農業や教育といったことに携わっていった秋山さん。

現在宇宙体験真っ只中の前澤社長は何を感じ、どう変わっていくのか、今後注目していきたいですね。

本日もありがとうございました。

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました